Japanese(i)
9 この故に汝らは斯く祈れ。「天にいます我らの父よ、願はくは御名の崇められん事を。 10 御國の來らんことを。御意の天のごとく地にも行はれん事を。 11 我らの日用の糧を今日もあたへ給へ。 12 我らに負債ある者を我らの免したる如く、我らの負債をも免し給へ。 13 我らを嘗試に遇はせず、惡より救ひ出したまへ」 14 汝等もし人の過失を免さば、汝らの天の父も汝らを免し給はん。 15 もし人を免さずば、汝らの父も汝らの過失を免し給はじ。 16 なんぢら斷食するとき、僞善者のごとく、悲しき面容をすな。彼らは斷食することを人に顯さんとて、その顏色を害ふなり。誠に汝らに告ぐ、彼らは既にその報を得たり。 17 なんぢは斷食するとき、頭に油をぬり、顏をあらへ。 18 これ斷食することの人に顯れずして、隱れたるに在す汝の父にあらはれん爲なり。さらば隱れたるに見たまふ汝の父は報い給はん。 19 なんぢら己がために財寶を地に積むな、ここは蟲と錆とが損ひ、盜人うがちて盜むなり。 20 なんぢら己がために財寶を天に積め、かしこは蟲と錆とが損はず、盜人うがちて盜まぬなり。 21 なんぢの財寶のある所には、なんぢの心もあるべし。 22 身の燈火は目なり。この故に汝の目ただしくば、全身あかるからん。 23 されど汝の目あしくば、全身くらからん。もし汝の内の光、闇ならば、その闇いかばかりぞや。 24 人は二人の主に兼ね事ふること能はず、或はこれを憎み彼を愛し、或はこれに親しみ彼を輕しむべければなり。汝ら神と富とに兼ね事ふること能はず。 25 この故に我なんぢらに告ぐ、何を食ひ、何を飮まんと生命のことを思ひ煩ひ、何を著んと體のことを思ひ煩ふな。生命は糧にまさり、體は衣に勝るならずや。 26 空の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に收めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。汝らは之よりも遙に優るる者ならずや。 27 汝らの中たれか思ひ煩ひて身の長一尺を加へ得んや。 28 又なにゆゑ衣のことを思ひ煩ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、勞せず、紡がざるなり。 29 されど我なんぢらに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服裝この花の一つにも及かざりき。 30 今日ありて明日爐に投げ入れらるる野の草をも、神はかく裝ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ。 31 さらば何を食ひ、何を飮み、何を著んとて思ひ煩ふな。 32 是みな異邦人の切に求むる所なり。汝らの天の父は、凡てこれらの物の汝らに必要なるを知り給ふなり。 33 まづ神の國と神の義とを求めよ、さらば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。 34 この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞は一日にて足れり。7 1 なんぢら人を審くな、審かれざらん爲なり。 2 己がさばく審判にて己もさばかれ、己がはかる量にて己も量らるべし。 3 何ゆゑ兄弟の目にある塵を見て、おのが目にある梁木を認めぬか。 4 視よ、おのが目に梁木のあるに、いかで兄弟にむかひて、汝の目より塵をとり除かせよと言ひ得んや。 5 僞善者よ、まづ己が目より梁木をとり除け、さらば明かに見えて、兄弟の目より塵を取りのぞき得ん。 6 聖なる物を犬に與ふな。また眞珠を豚の前に投ぐな。恐らくは足にて蹈みつけ、向き返りて汝らを噛みやぶらん。 7 求めよ、さらば與へられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。 8 すべて求むる者は得、たづぬる者は見いだし、門をたたく者は開かるるなり。 9 汝等のうち、誰かその子パンを求めんに石を與へ、 10 魚を求めんに蛇を與へんや。 11 さらば、汝ら惡しき者ながら、善き賜物をその子らに與ふるを知る。まして天にいます汝らの父は、求むる者に善き物を賜はざらんや。 12 さらば凡て人に爲られんと思ふことは、人にも亦その如くせよ。これは律法なり、預言者なり。 13 狹き門より入れ、滅にいたる門は大きく、その路は廣く、之より入る者おほし。 14 生命にいたる門は狹く、その路は細く、之を見出す者すくなし。 15 僞預言者に心せよ、羊の扮裝して來れども、内は奪ひ掠むる豺狼なり。 16 その果によりて彼らを知るべし。茨より葡萄を、薊より無花果をとる者あらんや。 17 斯く、すべて善き樹は善き果をむすび、惡しき樹は惡しき果をむすぶ。 18 善き樹は惡しき果を結ぶこと能はず、惡しき樹はよき果を結ぶこと能はず。 19 すべて善き果を結ばぬ樹は、伐られて火に投げ入れらる。 20 さらばその果によりて彼らを知るべし。 21 我に對ひて主よ主よといふ者、ことごとくは天國に入らず、ただ天にいます我が父の御意をおこなふ者のみ、之に入るべし。 22 その日おほくの者われに對ひて「主よ、主よ、我らは汝の名によりて預言し、汝の名によりて惡鬼を逐ひいだし、汝の名によりて多くの能力ある業を爲ししにあらずや」と言はん。 23 その時われ明白に告げん「われ斷えて汝らを知らず、不法をなす者よ、我を離れされ」と。 24 さらば凡て我がこれらの言をききて行ふ者を、磐の上に家をたてたる慧き人に擬へん。 25 雨ふり流みなぎり、風ふきてその家をうてど倒れず、これ磐の上に建てられたる故なり。 26 すべて我がこれらの言をききて行はぬ者を、沙の上に家を建てたる愚なる人に擬へん。 27 雨ふり流みなぎり、風ふきて其の家をうてば、倒れてその顛倒はなはだし』 28 イエスこれらの言を語りをへ給へるとき、群衆その教に驚きたり。 29 それは學者らの如くならず、權威ある者のごとく教へ給へる故なり。8 1 イエス山を下り給ひしとき、大なる群衆これに從ふ。 2 視よ、一人の癩病人みもとに來り、拜して言ふ『主よ、御意ならば、我を潔くなし給ふを得ん』 3 イエス手をのべ、彼につけて『わが意なり、潔くなれ』と言ひ給へば、癩病ただちに潔れり。 4 イエス言ひ給ふ『つつしみて誰にも語るな、ただ往きて己を祭司に見せ、モーセが命じたる供物を献げて、人々に證せよ』 5 イエス、カペナウムに入り給ひしとき、百卒長きたり、 6 請ひていふ『主よ、わが僕、中風を病み、家に臥しゐて甚く苦しめり』 7 イエス言ひ給ふ『われ往きて醫さん』 8 百卒長こたへて言ふ『主よ、我は汝をわが屋根の下に入れまつるに足らぬ者なり。ただ御言のみを賜へ、さらば我が僕はいえん。 9 我みづから權威の下にある者なるに、我が下にまた兵卒ありて、此に「ゆけ」と言へば往き、彼に「きたれ」と言へば來り、わが僕に「これを爲せ」といへば爲すなり』 10 イエス聞きて怪しみ、從へる人々に言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、かかる篤き信仰はイスラエルの中の一人にだに見しことなし。 11 又なんぢらに告ぐ、多くの人、東より西より來り、アブラハム、イサク、ヤコブとともに天國の宴につき、 12 御國の子らは外の暗きに逐ひ出され、そこにて哀哭・切齒することあらん』 13 イエス百卒長に『ゆけ、汝の信ずるごとく汝になれ』と言ひ給へば、このとき僕いえたり。 14 イエス、ペテロの家に入り、その外姑の熱を病みて臥しをるを見、 15 その手に觸り給へば、熱去り、女おきてイエスに事ふ。 16 夕になりて、人々、惡鬼に憑かれたる者をおほく御許につれ來りたれば、イエス言にて靈を逐ひいだし、病める者をことごとく醫し給へり。 17 これは預言者イザヤによりて『かれは自ら我らの疾患をうけ、我らの病を負ふ』と云はれし言の成就せん爲なり。 18 さてイエス群衆の己を環れるを見て、ともに彼方の岸に往かんことを弟子たちに命じ給ふ。 19 一人の學者きたりて言ふ『師よ、何處にゆき給ふとも、我は從はん』。 20 イエス言ひたまふ『狐は穴あり、空の鳥は塒あり、されど人の子は枕する所なし』 21 また弟子の一人いふ『主よ、先づ、往きて、我が父を葬ることを許したまへ』 22 イエス言ひたまふ『我に從へ、死にたる者にその死にたる者を葬らせよ』 23 かくて舟に乘り給へば、弟子たちも從ふ。 24 視よ、海に大なる暴風おこりて、舟波に蔽はるるばかりなるに、イエスは眠りゐ給ふ。 25 弟子たち御許にゆき、起して言ふ『主よ、救ひたまへ、我らは亡ぶ』 26 彼らに言ひ給ふ『なにゆゑ臆するか、信仰うすき者よ』乃ち起きて、風と海とを禁め給へば、大なる凪となりぬ。 27 人々あやしみて言ふ『こは如何なる人ぞ、風も海も從ふとは』 28 イエス彼方にわたり、ガダラ人の地にゆき給ひしとき、惡鬼に憑かれたる二人のもの、墓より出できたりて之に遇ふ。その猛きこと甚だしく、其處の途を人の過ぎ得ぬほどなり。 29 視よ、かれら叫びて言ふ『神の子よ、われら汝と何の關係あらん、未だ時いたらぬに、我らを責めんとて此處にきたり給ふか』 30 遙にへだたりて多くの豚の一群、食しゐたりしが、 31 惡鬼ども請ひて言ふ『もし我らを逐ひ出さんとならば、豚の群に遣したまへ』 32 彼らに言ひ給ふ『ゆけ』惡鬼いでて豚に入りたれば、視よ、その群みな崖より海に駈け下りて、水に死にたり。 33 飼ふ者ども逃げて町にゆき、すべての事と惡鬼に憑かれたりし者の事とを告げたれば、 34 視よ、町人こぞりてイエスに逢はんとて出できたり、彼を見て、この地方より去り給はんことを請へり。9 1 イエス舟にのり、渡りて己が町にきたり給ふ。 2 視よ、中風にて床に臥しをる者を、人々みもとに連れ來れり。イエス彼らの信仰を見て、中風の者に言ひたまふ『子よ、心安かれ、汝の罪ゆるされたり』 3 視よ、或學者ら心の中にいふ『この人は神を涜すなり』 4 イエスその思を知りて言ひ給ふ『何ゆゑ心に惡しき事をおもふか。 5 汝の罪ゆるされたりと言ふと、起きて歩めと言ふと、孰か易き。 6 人の子地にて罪を赦す權威あることを汝らに知らせん爲に』ここに中風の者に言ひ給ふ『起きよ、床をとりて汝の家にかへれ』 7 彼おきてその家にかへる。 8 群衆これを見ておそれ、かかる能力を人にあたへ給へる神を崇めたり。 9 イエス此處より進みて、マタイといふ人の收税所に坐しをるを見て『我に從へ』と言ひ給へば、立ちて從へり。 10 家にて食事の席につき居給ふとき、視よ、多くの取税人・罪人ら來りて、イエス及び弟子たちと共に列る。 11 パリサイ人これを見て弟子たちに言ふ『なに故なんぢらの師は、取税人・罪人らと共に食するか』 12 之を聞きて、言ひたまふ『健かなる者は醫者を要せず、ただ、病める者これを要す。 13 なんぢら往きて學べ「われ憐憫を好みて、犧牲を好まず」とは如何なる意ぞ。我は正しき者を招かんとにあらで、罪人を招かんとて來れり』 14 ここにヨハネの弟子たち御許にきたりて言ふ『われらとパリサイ人は斷食するに、何故なんぢの弟子たちは斷食せぬか』 15 イエス言ひたまふ『新郎の友だち、新郎と偕にをる間は、悲しむことを得んや。されど新郎をとらるる日きたらん、その時には斷食せん。 16 誰も新しき布の裂を舊き衣につぐことは爲じ、補ひたる裂は、その衣をやぶりて、破綻さらに甚だしかるべし。 17 また新しき葡萄酒をふるき革嚢に入るることは爲じ。もし然せば、嚢はりさけ酒ほどばしり出でて、嚢もまた廢らん。新しき葡萄酒は新しき革嚢にいれ、かくて兩ながら保つなり』 18 イエス此等のことを語りゐ給ふとき、視よ、一人の司きたり、拜して言ふ『わが娘いま死にたり。されど來りて御手を之におき給はば活きん』 19 イエス起ちて彼に伴ひ給ふに、弟子たちも從ふ。 20 視よ、十二年血漏を患ひゐたる女、イエスの後にきたりて、御衣の總にさはる。 21 それは、御衣にだに觸らば救はれんと心の中にいへるなり。 22 イエスふりかへり、女を見て言ひたまふ『娘よ、心安かれ、汝の信仰なんぢを救へり』女この時より救はれたり。 23 かくてイエス司の家にいたり、笛ふく者と騷ぐ群衆とを見て言ひたまふ、 24 『退け、少女は死にたるにあらず、寐ねたるなり』人々イエスを嘲笑ふ。 25 群衆の出されし後、いりてその手をとり給へば、少女おきたり。 26 この聲聞あまねく其の地に弘りぬ。 27 イエス此處より進みたまふ時、ふたりの盲人さけびて『ダビデの子よ、我らを憫みたまへ』と言ひつつ從ふ。 28 イエス家にいたり給ひしに、盲人ども御許に來りたれば、之に言ひたまふ『我この事をなし得と信ずるか』彼等いふ『主よ、然り』 29 爰にイエスかれらの目に觸りて言ひたまふ『なんぢらの信仰のごとく汝らに成れ』 30 乃ち彼らの目あきたり。イエス嚴しく戒めて言ひたまふ『愼みて誰にも知らすな』 31 されど彼ら出でて、あまねくその地にイエスの事をいひ弘めたり。 32 盲人どもの出づるとき、視よ、人々、惡鬼に憑かれたる唖者を御許につれきたる。 33 惡鬼おひ出されて唖者ものいひたれば、群衆あやしみて言ふ『かかる事は未だイスラエルの中に顯れざりき』 34 然るにパリサイ人いふ『かれは惡鬼の首によりて惡鬼を逐ひ出すなり』 35 イエスあまねく町と村とを巡り、その會堂にて教へ、御國の福音を宣べつたへ、もろもろの病、もろもろの疾患をいやし給ふ。 36 また群衆を見て、その牧ふ者なき羊のごとく惱み、且たふるるを甚く憫み、 37 遂に弟子たちに言ひたまふ『收穫はおほく勞動人はすくなし。 38 この故に收穫の主に、勞動人をその收穫場に遣し給はんことを求めよ』10 1 かくてイエスその十二弟子を召し、穢れし靈を制する權威をあたへて、之を逐ひ出し、もろもろの病、もろもろの疾患を醫すことを得しめ給ふ。 2 十二使徒の名は左のごとし。先づペテロといふシモン及びその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブ及びその兄弟ヨハネ、 3 ピリポ及びバルトロマイ、トマス及び取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブ及びタダイ、 4 熱心黨のシモン及びイスカリオテのユダ、このユダはイエスを賣りし者なり。 5 イエスこの十二人を遣さんとて、命じて言ひたまふ。『異邦人の途にゆくな、又サマリヤ人の町に入るな。 6 むしろイスラエルの家の失せたる羊にゆけ。 7 往きて宣べつたへ「天國は近づけり」と言へ。 8 病める者をいやし、死にたる者を甦へらせ、癩病人をきよめ、惡鬼を逐ひいだせ。價なしに受けたれば價なしに與へよ。 9 帶のなかに金・銀または錢をもつな。 10 旅の嚢も、二枚の下衣も、鞋も、杖ももつな。勞動人の、その食物を得るは相應しきなり。 11 いづれの町いづれの村に入るとも、その中にて相應しき者を尋ねいだして、立ち去るまでは其處に留れ。 12 人の家に入らば平安を祈れ。 13 その家もし之に相應しくば、汝らの祈る平安はその上に臨まん。もし相應しからずば、その平安はなんぢらに歸らん。 14 人もし汝らを受けず、汝らの言を聽かずば、その家その町を立ち去るとき、足の塵をはらへ。 15 まことに汝らに告ぐ、審判の日には、その町よりもソドム、ゴモラの地のかた耐へ易からん。 16 視よ、我なんぢらを遣すは、羊を豺狼のなかに入るるが如し。この故に蛇のごとく慧く、鴿のごとく素直なれ。 17 人々に心せよ、それは汝らを衆議所に付し、會堂にて鞭うたん。 18 また汝等わが故によりて、司たち王たちの前に曳かれん。これは彼らと異邦人とに證をなさん爲なり。 19 かれら汝らを付さば、如何に何を言はんと思ひ煩ふな、言ふべき事は、その時さづけらるべし。 20 これ言ふものは汝等にあらず、其の中にありて言ひたまふ汝らの父の靈なり。 21 兄弟は兄弟を、父は子を死に付し、子どもは親に逆ひて之を死なしめん。 22 又なんぢら我が名のために凡ての人に憎まれん。されど終まで耐へ忍ぶものは救はるべし。 23 この町にて責めらるる時は、かの町に逃れよ。誠に汝らに告ぐ、なんぢらイスラエルの町々を巡り盡さぬうちに人の子は來るべし。 24 弟子はその師にまさらず、僕はその主にまさらず、 25 弟子はその師のごとく、僕はその主の如くならば足れり。もし家主をベルゼブルと呼びたらんには、ましてその家の者をや。 26 この故に、彼らを懼るな。蔽はれたるものに露れぬはなく、隱れたるものに知られぬは無ければなり。 27 暗黒にて我が告ぐることを光明にて言へ。耳をあてて聽くことを屋の上にて宣べよ。 28 身を殺して靈魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と靈魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ。 29 二羽の雀は一錢にて賣るにあらずや、然るに、汝らの父の許なくば、その一羽も地に落つること無からん。 30 汝らの頭の髮までも皆かぞへらる。 31 この故におそるな、汝らは多くの雀よりも優るるなり。 32 されど凡そ人の前にて我を言ひあらはす者を、我もまた天にいます我が父の前にて言ひ顯さん。 33 されど人の前にて我を否む者を、我もまた天にいます我が父の前にて否まん。 34 われ地に平和を投ぜんために來れりと思ふな。平和にあらず、反つて劍を投ぜん爲に來れり。 35 それ我が來れるは、人をその父より、娘をその母より、嫁をその姑より分たん爲なり。 36 人の仇はその家の者なるべし。 37 我よりも父または母を愛する者は、我に相應しからず。我よりも息子または娘を愛する者は、我に相應しからず。 38 又おのが十字架をとりて我に從はぬ者は、我に相應しからず。 39 生命を得る者はこれを失ひ、我がために生命を失ふ者はこれを得べし。 40 汝らを受くる者は、我を受くるなり。我をうくる者は、我を遣し給ひし者を受くるなり。 41 預言者たる名の故に預言者をうくる者は、預言者の報をうけ、義人たる名のゆゑに義人をうくる者は、義人の報を受くべし。 42 凡そわが弟子たる名の故に、この小き者の一人に冷かなる水一杯にても與ふる者は、まことに汝らに告ぐ、必ずその報を失はざるべし』11 1 イエス十二弟子に命じ終へてのち、町々にて教へ、かつ、宣傳へんとて、此處を去り給へり。 2 ヨハネ牢舍にてキリストの御業をきき、弟子たちを遣して、 3 イエスに言はしむ『來るべき者は汝なるか、或は、他に待つべきか』 4 答へて言ひたまふ『ゆきて、汝らが見聞する所をヨハネに告げよ。 5 盲人は見、跛者はあゆみ、癩病人は潔められ、聾者はきき、死人は甦へらせられ、貧しき者は福音を聞かせらる。 6 おほよそ我に躓かぬ者は幸福なり』 7 彼らの歸りたるをり、ヨハネの事を群衆に言ひ出でたまふ『なんぢら何を眺めんとて野に出でし、風にそよぐ葦なるか。 8 さらば何を見んとて出でし、柔かき衣を著たる人なるか。視よ、やはらかき衣を著たる者は、王の家に在り。 9 さらば何のために出でし、預言者を見んとてか。然り、汝らに告ぐ、預言者よりも勝る者なり。 10 「視よ、わが使をなんぢの顏の前につかはす。彼はなんぢの前に、なんぢの道をそなへん」と録されたるは此の人なり。 11 誠に汝らに告ぐ、女の産みたる者のうち、バプテスマのヨハネより大なる者は起らざりき。されど天國にて小き者も、彼よりは大なり。 12 バプテスマのヨハネの時より今に至るまで、天國は烈しく攻めらる、烈しく攻むる者はこれを奪ふ。 13 凡ての預言者と律法との預言したるは、ヨハネの時までなり。 14 もし汝等わが言をうけんことを願はば、來るべきエリヤは此の人なり、 15 耳ある者は聽くべし。 16 われ今の代を何に比へん、童子、市場に坐し、友を呼びて、 17 「われら汝等のために笛吹きたれど、汝ら踊らず、歎きたれど、汝ら胸うたざりき」と言ふに似たり。 18 それは、ヨハネ來りて飮食せざれば「惡鬼に憑かれたる者なり」といひ、 19 人の子來りて飮食すれば、「視よ、食を貪り酒を好む人、また取税人・罪人の友なり」と言ふなり。されど智慧は己が業によりて正しとせらる』 20 爰にイエス多くの能力ある業を行ひ給へる町々の悔改めぬによりて、之を責めはじめ給ふ、 21 『禍害なる哉コラジンよ、禍害なる哉ベツサイダよ、汝らの中にて行ひたる能力ある業を、ツロとシドンとにて行ひしならば、彼らは早く荒布を著、灰の中にて悔改めしならん。 22 されば汝らに告ぐ、審判の日にはツロとシドンとのかた汝等よりも耐へ易からん。 23 カペナウムよ、なんぢは天にまで擧げらるべきか、黄泉にまで下らん。汝のうちにて行ひたる能力ある業を、ソドムにて行ひしならば、今日までもかの町は遺りしならん。 24 されば汝らに告ぐ、審判の日にはソドムの地のかた汝よりも耐へ易からん』 25 その時イエス答へて言ひたまふ『天地の主なる父よ、われ感謝す、此等のことを智き者慧き者にかくして、嬰兒に顯し給へり。 26 父よ、然り、かくの如きは御意に適へるなり。 27 すべての物は我わが父より委ねられたり。子を知る者は父の外になく、父をしる者は子または子の欲するままに顯すところの者の外になし。 28 凡て勞する者・重荷を負ふ者、われに來れ、われ汝らを休ません。 29 我は柔和にして心卑ければ、我が軛を負ひて我に學べ、さらば靈魂に休息を得ん。 30 わが軛は易く、わが荷は輕ければなり』12 1 その頃イエス安息日に麥畠をとほり給ひしに、弟子たち飢ゑて穗を摘み、食ひ始めたるを、 2 パリサイ人見てイエスに言ふ『視よ、なんぢの弟子は安息日に爲まじき事をなす』 3 彼らに言ひ給ふ『ダビデがその伴へる人々とともに飢ゑしとき、爲しし事を讀まぬか。 4 即ち神の家に入りて、祭司のほかは、己もその伴へる人々も食ふまじき供のパンを食へり。 5 また安息日に祭司らは宮の内にて安息日を犯せども、罪なきことを律法にて讀まぬか。 6 われ汝らに告ぐ、宮より大なる者ここに在り。 7 「われ憐憫を好みて犧牲を好まず」とは、如何なる意かを汝ら知りたらんには、罪なき者を罪せざりしならん。 8 それ人の子は安息日の主たるなり』 9 イエス此處を去りて、彼らの會堂に入り給ひしに、 10 視よ、片手なえたる人あり。人々イエスを訴へんと思ひ、問ひていふ『安息日に人を醫すことは善きか』 11 彼らに、言ひたまふ『汝等のうち一匹の羊をもてる者あらんに、もし安息日に穴に陷らば、之を取りあげぬか。 12 人は羊より優るること如何ばかりぞ。さらば安息日に善をなすは可し』 13 ここにかの人に言ひ給ふ『なんぢの手を伸べよ』かれ伸べたれば、他の手のごとく癒ゆ。 14 パリサイ人いでていかにしてかイエスを亡さんと議る。 15 イエス之を知りて此處を去りたまふ。多くの人したがひ來りたれば、ことごとく之を醫し、 16 かつ我を人に知らすなと戒め給へり。 17 これ預言者イザヤによりて云はれたる言の成就せんためなり。曰く、 18 『視よ、わが選びたる我が僕、わが心の悦ぶ我が愛しむ者、我わが靈を彼に與へん、彼は異邦人に正義を告げ示さん。 19 彼は爭はず、叫ばず、その聲を大路にて聞く者なからん。 20 正義をして勝ち遂げしむるまでは、傷へる葦を折ることなく、煙れる亞麻を消すことなからん。 21 異邦人も彼の名に望をおかん』 22 ここに惡鬼に憑かれたる盲目の唖者を御許に連れ來りたれば、之を醫して、唖者の物言ひ見ゆるやうに爲し給ひぬ。 23 群衆みな驚きて言ふ『これはダビデの子にあらぬか』 24 然るにパリサイ人ききて言ふ『この人、惡鬼の首ベルゼブルによらでは、惡鬼を逐ひ出すことなし』 25 イエス彼らの思を知りて言ひ給ふ『すべて分れ爭ふ國はほろび、分れ爭ふ町また家はたたず。 26 サタンもしサタンを逐ひ出さば、自ら分れ爭ふなり。さらばその國いかで立つべき。 27 我もしベルゼブルによりて惡鬼を逐ひ出さば、汝らの子は誰によりて之を逐ひ出すか。この故に彼らは汝らの審判人となるべし。 28 されど我もし神の靈によりて惡鬼を逐ひ出さば、神の國は既に汝らに到れるなり。 29 人まづ強き者を縛らずば、いかで強き者の家に入りて、その家財を奪ふことを得ん、縛りて後その家を奪ふべし。 30 我と偕ならぬ者は我にそむき、我とともに集めぬ者は散すなり。 31 この故に汝らに告ぐ、人の凡ての罪と涜とは赦されん、されど御靈を涜すことは赦されじ。 32 誰にても言をもて人の子に逆ふ者は赦されん、されど言をもて聖靈に逆ふ者は、この世にても後の世にても赦されじ。 33 或は樹をも善しとし、果をも善しとせよ。或は樹をも惡しとし、果をも惡しとせよ。樹は果によりて知らるるなり。 34 蝮の裔よ、なんぢら惡しき者なるに、爭で善きことを言ひ得んや。それ心に滿つるより口に言はるるなり。 35 善き人は善き倉より善き物をいだし、惡しき人は惡しき倉より惡しき物をいだす。 36 われ汝らに告ぐ、人の語る凡ての虚しき言は、審判の日に糺さるべし。 37 それは汝の言によりて義とせられ、汝の言によりて罪せらるるなり』 38 ここに或學者・パリサイ人ら答へて言ふ『師よ、われら汝の徴を見んことを願ふ』 39 答へて言ひたまふ『邪曲にして不義なる代は徴を求む、されど預言者ヨナの徴のほかに徴は與へられじ。 40 即ち「ヨナが三日三夜、大魚の腹の中に在りし」ごとく、人の子も三日三夜、地の中に在るべきなり。 41 ニネベの人、審判のとき今の代の人とともに立ちて之が罪を定めん、彼らはヨナの宣ぶる言によりて悔改めたり。視よ、ヨナよりも勝るもの此處に在り。 42 南の女王、審判のとき今の代の人とともに起きて之が罪を定めん、彼はソロモンの智慧を聽かんとて地の極より來れり。視よ、ソロモンよりも勝る者ここに在り。 43 穢れし靈、人を出づるときは、水なき處を巡りて休を求む、而して得ず。 44 乃ち「わが出でし家に歸らん」といひ、歸りて、その家の空きて掃き淨められ、飾られたるを見、 45 遂に往きて己より惡しき他の七つの靈を連れきたり、共に入りて此處に住む。されば其の人の後の状は前よりも惡しくなるなり。邪曲なる此の代もまた斯くの如くならん』 46 イエスなほ群衆にかたり居給ふとき、視よ、その母と兄弟たちと、彼に物言はんとて外に立つ。 47 或人イエスに言ふ『視よ、なんぢの母と兄弟たちと、汝に物言はんとて外に立てり』 48 イエス告げし者に答へて言ひたまふ『わが母とは誰ぞ、わが兄弟とは誰ぞ』 49 かくて手をのべ、弟子たちを指して言ひたまふ『視よ、これは我が母、わが兄弟なり。 50 誰にても天にいます我が父の御意をおこなふ者は、即ち我が兄弟、わが姉妹、わが母なり』13 1 その日イエスは家を出でて、海邊に坐したまふ。 2 大なる群衆みもとに集りたれば、イエスは舟に乘りて坐したまひ、群衆はみな岸に立てり。 3 譬にて數多のことを語りて言ひたまふ、『視よ、種播く者まかんとて出づ。 4 播くとき路の傍らに落ちし種あり、鳥きたりて啄む。 5 土うすき磽地に落ちし種あり、土深からぬによりて速かに萠え出でたれど、 6 日の昇りし時やけて根なき故に枯る。 7 茨の地に落ちし種あり、茨そだちて之を塞ぐ。 8 良き地に落ちし種あり、あるひは百倍、あるひは六十倍、あるひは三十倍の實を結べり。 9 耳ある者は聽くべし』 10 弟子たち御許に來りて言ふ『なにゆゑ譬にて彼らに語り給ふか』 11 答へて言ひ給ふ『なんぢらは天國の奧義を知ることを許されたれど、彼らは許されず。 12 それ誰にても、有てる人は與へられて愈々豐ならん。されど有たぬ人は、その有てる物をも取らるべし。 13 この故に彼らには譬にて語る、これ彼らは見ゆれども見ず、聞ゆれども聽かず、また悟らぬ故なり、 14 かくてイザヤの預言は、彼らの上に成就す。曰く、「なんぢら聞きて聞けども悟らず、見て見れども認めず。 15 この民の心は鈍く、耳は聞くに懶く、目は閉ぢたればなり。これ目にて見、耳にて聽き、心にて悟り、飜へりて、我に醫さるる事なからん爲なり」 16 されど汝らの目なんぢらの耳は、見るゆゑに聞くゆゑに、幸福なり。 17 まことに汝らに告ぐ、多くの預言者・義人は、汝らが見る所を見んとせしが見ず、なんぢらが聞く所を聞かんとせしが聞かざりしなり。 18 されば汝ら種播く者の譬を聽け。 19 誰にても天國の言をききて悟らぬときは、惡しき者きたりて、其の心に播かれたるものを奪ふ。路の傍らに播かれしとは斯かる人なり。 20 磽地に播かれしとは、御言をききて、直ちに喜び受くれども、 21 己に根なければ暫し耐ふるのみにて、御言のために艱難あるひは迫害の起るときは、直ちに躓くものなり。 22 茨の中に播かれしとは、御言をきけども、世の心勞と財貨の惑とに、御言を塞がれて實らぬものなり。 23 良き地に播かれしとは、御言をききて悟り、實を結びて、あるひは百倍、あるひは六十倍、あるひは三十倍に至るものなり』 24 また他の譬を示して言ひたまふ『天國は良き種を畑にまく人のごとし。 25 人々の眠れる間に、仇きたりて麥のなかに毒麥を播きて去りぬ。 26 苗はえ出でて實りたるとき、毒麥もあらはる。 27 僕ども來りて家主にいふ「主よ、畑に播きしは良き種ならずや、然るに如何にして毒麥あるか」 28 主人いふ「仇のなしたるなり」僕ども言ふ「さらば我らが往きて之を拔き集むるを欲するか」 29 主人いふ「いな、恐らくは毒麥を拔き集めんとて、麥をも共に拔かん。 30 兩ながら收穫まで育つに任せよ。收穫のとき我かる者に「まづ毒麥を拔きあつめて、焚くために之を束ね、麥はあつめて我が倉に納れよ」と言はん」』 31 また他の譬を示して言ひたまふ『天國は一粒の芥種のごとし、人これを取りてその畑に播くときは、 32 萬の種よりも小けれど、育ちては他の野菜よりも大く、樹となりて、空の鳥きたり其の枝に宿るほどなり』 33 また他の譬を語りたまふ『天國はパンだねのごとし、女これを取りて、三斗の粉の中に入るれば、ことごとく脹れいだすなり』 34 イエスすべて此等のことを、譬にて群衆に語りたまふ、譬ならでは何事も語り給はず。 35 これ預言者によりて云はれたる言の成就せん爲なり。曰く、『われ譬を設けて口を開き、世の創より隱れたる事を言ひ出さん』 36 ここに群衆を去らしめて、家に入りたまふ。弟子たち御許に來りて言ふ『畑の毒麥の譬を我らに解きたまへ』 37 答へて言ひ給ふ『良き種を播く者は人の子なり、 38 畑は世界なり、良き種は天國の子どもなり、毒麥は惡しき者の子どもなり、 39 之を播きし仇は惡魔なり、收穫は世の終なり、刈る者は御使たちなり。 40 されば毒麥の集められて火に焚かるる如く、世の終にも斯くあるべし。 41 人の子その使たちを遣さん。彼ら御國の中より凡ての顛躓となる物と不法をなす者とを集めて、 42 火の爐に投げ入るべし、其處にて哀哭・切齒することあらん。 43 其のとき義人は父の御國にて日のごとく輝かん。耳ある者は聽くべし。 44 天國は畑に隱れたる寶のごとし。人見出さば、之を隱しおきて、喜びゆき、有てる物をことごとく賣りて其の畑を買ふなり。 45 また天國は良き眞珠を求むる商人のごとし。 46 價たかき眞珠一つを見出さば、往きて有てる物をことごとく賣りて、之を買ふなり。 47 また天國は、海におろして各樣のものを集むる網のごとし。 48 充つれば岸にひきあげ、坐して良きものを器に入れ、惡しきものを棄つるなり。 49 世の終にも斯くあるべし。御使たち出でて、義人の中より惡人を分ちて、 50 之を火の爐に投げ入るべし。其處にて哀哭・切齒することあらん。 51 汝等これらの事をみな悟りしか』彼等いふ『然り』 52 また言ひ給ふ『この故に、天國のことを教へられたる凡ての學者は、新しき物と舊き物とをその倉より出す家主のごとし』 53 イエスこれらの譬を終へて此處を去りたまふ。 54 己が郷にいたり、會堂にて教へ給へば、人々おどろきて言ふ『この人はこの智慧と此等の能力とを何處より得しぞ。 55 これ木匠の子にあらずや、其の母はマリヤ、其の兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダにあらずや。 56 又その姉妹も皆われらと共にをるに非ずや。然るに此等のすべての事は何處より得しぞ』 57 遂に人々かれに躓けり。イエス彼らに言ひたまふ『預言者は、おのが郷おのが家の外にて尊ばれざる事なし』 58 彼らの不信仰によりて其處にては多くの能力ある業を爲し給はざりき。14 1 そのころ、國守ヘロデ、イエスの噂をききて、 2 侍臣どもに言ふ『これバプテスマのヨハネなり。かれ死人の中より甦へりたり、さればこそ此等の能力その内に働くなれ』 3 ヘロデ先に、己が兄弟ピリポの妻ヘロデヤの爲にヨハネを捕へ、縛りて獄に入れたり。 4 ヨハネ、ヘロデに『かの女を納るるは宜しからず』と言ひしに因る。 5 かくてヘロデ、ヨハネを殺さんと思へど、群衆を懼れたり。群衆ヨハネを預言者とすればなり。 6 然るにヘロデの誕生日に當り、ヘロデヤの娘その席上に舞をまひてヘロデを喜ばせたれば、 7 ヘロデ之に何にても求むるままに與へんと誓へり。 8 娘その母に唆かされて言ふ『バプテスマのヨハネの首を盆に載せてここに賜はれ』 9 王憂ひたれど、その誓と席に在る者とに對して、之を與ふることを命じ、 10 人を遣し獄にてヨハネの首を斬り、 11 その首を盆にのせて持ち來らしめ、之を少女に與ふ。少女はこれを母に捧ぐ。 12 ヨハネの弟子たち來り、屍體を取りて葬り、往きて、イエスに告ぐ。 13 イエス之を聞きて人を避け、其處より舟にのりて寂しき處に往き給ひしを群衆ききて町々より徒歩にて從ひゆく。 14 イエス出でて大なる群衆を見、これを憫みて、その病める者を醫し給へり。 15 夕になりたれば、弟子たち御許に來りて言ふ『ここは寂しき處、はや時も晩し、群衆を去らしめ、村々に往きて、己が爲に食物を買はせ給へ』 16 イエス言ひ給ふ『かれら往くに及ばず、汝ら之に食物を與へよ』 17 弟子たち言ふ『われらが此處にもてるは、唯五つのパンと二つの魚とのみ』 18 イエス言ひ給ふ『それを我に持ちきたれ』 19 かくて群衆に命じて草の上に坐せしめ、五つのパンと二つの魚とを取り、天を仰ぎて祝し、パンを裂きて、弟子たちに與へ給へば、弟子たち之を群衆に與ふ。 20 凡ての人食ひて飽く、裂きたる餘を集めしに十二の筐に滿ちたり。 21 食ひし者は、女と子供とを除きて凡そ五千人なりき。 22 イエス直ちに弟子たちを強ひて舟に乘らせ、自ら群衆をかへす間に、彼方の岸に先に往かしむ。 23 かくて群衆を去らしめてのち、祈らんとて竊に山に登り、夕になりて獨そこにゐ給ふ。 24 舟ははや陸より數丁はなれ、風逆ふによりて波に難されゐたり。 25 夜明の四時ごろ、イエス海の上を歩みて、彼らに到り給ひしに、 26 弟子たち其の海の上を歩み給ふを見て心騷ぎ、變化の者なりと言ひて懼れ叫ぶ。 27 イエス直ちに彼らに語りて言ひたまふ『心安かれ、我なり、懼るな』 28 ペテロ答へて言ふ『主よ、もし汝ならば我に命じ、水を蹈みて御許に到らしめ給へ』 29 『來れ』と言ひ給へば、ペテロ舟より下り、水の上を歩みてイエスの許に往く。 30 然るに風を見て懼れ、沈みかかりければ、叫びて言ふ『主よ、我を救ひたまへ』 31 イエス直ちに御手を伸べ、これを捉へて言ひ給ふ『ああ信仰うすき者よ、何ぞ疑ふか』 32 相共に舟に乘りしとき、風やみたり。 33 舟に居る者どもイエスを拜して言ふ『まことに汝は神の子なり』 34 遂に渡りてゲネサレの地に著きしに、 35 その處の人々イエスを認めて、あまねく四方に人をつかはし、又すべての病める者を連れきたり、 36 ただ御衣の總にだに觸らしめ給はんことを願ふ、觸りし者はみな醫されたり。15 1 ここにパリサイ人・學者ら、エルサレムより來りてイエスに言ふ、 2 『なにゆゑ汝の弟子は、古への人の言傳を犯すか、食事のときに手を洗はぬなり』 3 答へて言ひ給ふ『なにゆゑ汝らは、また汝らの言傳によりて神の誡命を犯すか。 4 即ち神は「父母を敬へ」と言ひ「父または母を罵る者は必ず殺さるべし」と言ひたまへり。 5 然るに汝らは「誰にても父または母に對ひて、我が負ふ所のものは供物となりたりと言はば、 6 父または母を敬ふに及ばず」と言ふ。斯くその言傳によりて神の言を空しうす。 7 僞善者よ、宜なる哉、イザヤは汝らに就きて能く預言せり。曰く、 8 「この民は口唇にて我を敬ふ、されど其の心は我に遠ざかる。 9 ただ徒らに我を拜む。人の訓誡を教とし教へて」』 10 かくて群衆を呼び寄せて言ひたまふ『聽きて悟れ。 11 口に入るものは人を汚さず、されど口より出づるものは、これ人を汚すなり』 12 ここに弟子たち御許に來りていふ『御言をききてパリサイ人の躓きたるを知り給ふか』 13 答へて言ひ給ふ『わが天の父の植ゑ給はぬものは、みな拔かれん。 14 彼らを捨ておけ、盲人を手引する盲人なり、盲人もし盲人を手引せば、二人とも穴に落ちん』 15 ペテロ答へて言ふ『その譬を我らに解き給へ』 16 イエス言ひ給ふ『なんぢらも今なほ悟りなきか。 17 凡て口に入るものは腹にゆき、遂に厠に棄てらるる事を悟らぬか。 18 されど口より出づるものは心より出づ、これ人を汚すものなり。 19 それ心より惡しき念いづ、すなはち殺人・姦淫・淫行・竊盜・僞證・誹謗、 20 これらは人を汚すものなり、されど洗はぬ手にて食する事は人を汚さず』 21 イエスここを去りてツロとシドンとの地方に往き給ふ。 22 視よ、カナンの女その邊より出できたり、叫びて『主よ、ダビデの子よ、我を憫み給へ、わが娘、惡鬼につかれて甚く苦しむ』と言ふ。 23 されどイエス一言も答へ給はず。弟子たち來り請ひて言ふ『女を歸したまへ、我らの後より叫ぶなり』 24 答へて言ひたまふ『我はイスラエルの家の失せたる羊のほかに遣されず』 25 女きたり拜して言ふ『主よ、我を助けたまへ』 26 答へて言ひたまふ『子供のパンをとりて小狗に投げ與ふるは善からず』 27 女いふ『然り、主よ、小狗も主人の食卓よりおつる食屑を食ふなり』 28 ここにイエス答へて言ひたまふ『をんなよ、汝の信仰は大なるかな、願のごとく汝になれ』娘この時より癒えたり。 29 イエス此處を去り、ガリラヤの海邊にいたり、而して山に登り、そこに坐し給ふ。 30 大なる群衆、跛者・不具・盲人・唖者および他の多くの者を連れ來りて、イエスの足下に置きたれば、醫し給へり。 31 群衆は、唖者の物いひ、不具の癒え、跛者の歩み、盲人の見えたるを見て之を怪しみ、イスラエルの神を崇めたり。 32 イエス弟子たちを召して言ひ給ふ『われ此の群衆をあはれむ、既に三日われと偕にをりて食ふべき物なし。飢ゑたるままにて歸らしむるを好まず、恐らくは途にて疲れ果てん』 33 弟子たち言ふ『この寂しき地にて、斯く大なる群衆を飽かしむべき多くのパンを、何處より得べき』 34 イエス言ひ給ふ『パン幾つあるか』彼らいふ『七つ、また小き魚すこしあり』 35 イエス群衆に命じて地に坐せしめ、 36 七つのパンと魚とを取り、謝して之をさき弟子たちに與へ給へば、弟子たちこれを群衆に與ふ。 37 凡ての人くらひて飽き、裂きたる餘を拾ひしに、七つの籃に滿ちたり。 38 食ひし者は、女と子供とを除きて四千人なりき。 39 イエス群衆をかへし、舟に乘りてマガダンの地方に往き給へり。16 1 パリサイ人とサドカイ人と來りてイエスを試み、天よりの徴を示さんことを請ふ。 2 答へて言ひたまふ『夕には汝ら「空あかき故に晴ならん」と言ひ、 3 また朝には「そら赤くして曇る故に、今日は風雨ならん」と言ふ。なんぢら空の氣色を見分くることを知りて、時の徴を見分くること能はぬか。 4 邪曲にして不義なる代は徴を求む、されどヨナの徴の外に徴は與へられじ』かくて彼らを離れて去り給ひぬ。 5 弟子たち彼方の岸に到りしに、パンを携ふることを忘れたり。 6 イエス言ひたまふ『愼みてパリサイ人とサドカイ人とのパン種に心せよ』 7 弟子たち互に『我らはパンを携へざりき』と語り合ふ。 8 イエス之を知りて言ひ給ふ『ああ信仰うすき者よ、何ぞパン無きことを語り合ふか。 9 未だ悟らぬか、五つのパンを五千人に分ちて、その餘を幾籃ひろひ、 10 また七つのパンを四千人に分ちて、その餘を幾籃ひろひしかを覺えぬか。 11 我が言ひしはパンの事にあらぬを何ぞ悟らざる。唯パリサイ人とサドカイ人とのパンだねに心せよ』 12 ここに弟子たちイエスの心せよと言ひ給ひしは、パンの種にはあらで、パリサイ人とサドカイ人との教なることを悟れり。 13 イエス、ピリポ・カイザリヤの地方にいたり、弟子たちに問ひて言ひたまふ『人々は人の子を誰と言ふか』 14 彼等いふ『或人はバプテスマのヨハネ、或人はエリヤ、或人はエレミヤ、また預言者の一人』 15 彼らに言ひたまふ『なんぢらは我を誰と言ふか』 16 シモン・ペテロ答へて言ふ『なんぢはキリスト、活ける神の子なり』 17 イエス答へて言ひ給ふ『バルヨナ・シモン、汝は幸福なり、汝に之を示したるは血肉にあらず、天にいます我が父なり。 18 我はまた汝に告ぐ、汝はペテロなり、我この磐の上に我が教會を建てん、黄泉の門はこれに勝たざるべし。 19 われ天國の鍵を汝に與へん、凡そ汝が地にて縛ぐ所は天にても縛ぎ、地にて解く所は天にても解くなり』 20 ここにイエス、己がキリストなる事を誰にも告ぐなと、弟子たちを戒め給へり。 21 この時よりイエス・キリスト、弟子たちに、己のエルサレムに往きて、長老・祭司長・學者らより多くの苦難を受け、かつ殺され、三日めに甦へるべき事を示し始めたまふ。 22 ペテロ、イエスを傍にひき戒め出でて言ふ『主よ、然あらざれ、此の事なんぢに起らざるべし』 23 イエス振反りてペテロに言ひ給ふ『サタンよ、我が後に退け、汝はわが躓物なり、汝は神のことを思はず、反つて人のことを思ふ』 24 ここにイエス弟子たちに言ひたまふ『人もし我に從ひ來らんと思はば、己をすて、己が十字架を負ひて、我に從へ。 25 己が生命を救はんと思ふ者は、これを失ひ、我がために己が生命をうしなふ者は、之を得べし。 26 人、全世界を贏くとも、己が生命を損せば、何の益あらん、又その生命の代に何を與へんや。 27 人の子は父の榮光をもて、御使たちと共に來らん。その時おのおのの行爲に隨ひて報ゆべし。 28 まことに汝らに告ぐ、ここに立つ者のうちに、人の子のその國をもて來るを見るまでは、死を味はぬ者どもあり』17 1 六日の後、イエス、ペテロ、ヤコブ及びヤコブの兄弟ヨハネを率きつれ、人を避けて高き山に登りたまふ。 2 かくて彼らの前にてその状かはり、其の顏は日のごとく輝き、その衣は光のごとく白くなりぬ。 3 視よ、モーセとエリヤとイエスに語りつつ彼らに現る。 4 ペテロ差出でてイエスに言ふ『主よ、我らの此處に居るは善し。御意ならば我ここに三つの廬を造り、一つを汝のため、一つをモーセのため、一つをエリヤの爲にせん』 5 彼なほ語りをるとき、視よ、光れる雲かれらを覆ふ。また雲より聲あり、曰く『これは我が愛しむ子、わが悦ぶ者なり、汝ら之に聽け』 6 弟子たち之を聞きて倒れ伏し、懼るること甚だし。 7 イエスその許にきたり之に觸りて『起きよ、懼るな』と言ひ給へば、 8 彼ら目を擧げしに、イエス一人の他は誰も見えざりき。 9 山を下るとき、イエス彼らに命じて言ひたまふ『人の子の死人の中より甦へるまでは、見たることを誰にも語るな』 10 弟子たち問ひて言ふ『さらばエリヤ先づ來るべしと學者らの言ふは何ぞ』 11 答へて言ひたまふ『實にエリヤ來りて萬の事をあらためん。 12 我なんぢらに告ぐ、エリヤは既に來れり。されど人々これを知らず、反つて心のままに待へり。かくのごとく人の子もまた人々より苦しめらるべし』 13 ここに弟子たちバプテスマのヨハネを指して言ひ給ひしなるを悟れり。 14 かれら群衆の許に到りしとき、或人御許にきたり跪づきて言ふ、 15 『主よ、わが子を憫みたまへ。癲癇にて難み、しばしば火の中に、しばしば水の中に倒るるなり。 16 之を御弟子たちに連れ來りしに、醫すこと能はざりき』 17 イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍ばん。その子を我に連れきたれ』 18 遂にイエスこれを禁め給へば、惡鬼いでてその子この時より癒えたり。 19 ここに弟子たち竊にイエスに來りて言ふ『われらは何故に逐ひ出し得ざりしか』 20 彼らに言ひ給ふ『なんぢら信仰うすき故なり。まことに汝らに告ぐ、もし芥種一粒ほどの信仰あらば、この山に「此處より彼處に移れ」と言ふとも移らん、かくて汝ら能はぬこと無かるべし』 21 [なし] 22 彼らガリラヤに集ひをる時、イエス言ひたまふ『人の子は人の手に付され、 23 人々は之を殺さん、かくて三日めに甦へるべし』弟子たち甚く悲しめり。 24 彼らカペナウムに到りしとき、納金を集むる者どもペテロに來りて言ふ『なんぢらの師は納金を納めぬか』 25 ペテロ『納む』と言ひ、やがて家に入りしに、逸速くイエス言ひ給ふ『シモンいかに思ふか、世の王たちは税または貢を誰より取るか、己が子よりか、他の者よりか』 26 ペテロ言ふ『ほかの者より』イエス言ひ給ふ『されば子は自由なり。 27 されど彼らを躓かせぬ爲に、海に往きて釣をたれ、初に上る魚をとれ、其の口をひらかば銀貨一つを得ん、それを取りて我と汝との爲に納めよ』18 1 そのとき弟子たちイエスに來りて言ふ『しからば天國にて大なるは誰か』 2 イエス幼兒を呼び、彼らの中に置きて言ひ給ふ 3 『まことに汝らに告ぐ、もし汝ら飜へりて幼兒の如くならずば、天國に入るを得じ。 4 されば誰にても此の幼兒のごとく己を卑うする者は、これ天國にて大なる者なり。 5 また我が名のために、かくのごとき一人の幼兒を受くる者は、我を受くるなり。 6 されど我を信ずる此の小き者の一人を躓かする者は、寧ろ大なる碾臼を頸に懸けられ、海の深處に沈められんかた益なり。 7 この世は躓物あるによりて禍害なるかな。躓物は必ず來らん、されど躓物を來らする人は禍害なるかな。 8 もし汝の手または足なんぢを躓かせば、切りて棄てよ。不具または蹇跛にて生命に入るは、兩手兩足ありて永遠の火に投げ入れらるるよりも勝るなり。 9 もし汝の眼なんぢを躓かせば、拔きて棄てよ。片眼にて生命に入るは、兩眼ありて火のゲヘナに投げ入れらるるよりも勝るなり。 10 汝ら愼みて此の小き者の一人をも侮るな。我なんぢらに告ぐ、彼らの御使たちは天にありて、天にいます我が父の御顏を常に見るなり。 11 12 汝等いかに思ふか、百匹の羊を有てる人あらんに、若しその一匹まよはば、九十九匹を山に遺しおき、往きて迷へるものを尋ねぬか。 13 もし之を見出さば、まことに汝らに告ぐ、迷はぬ九十九匹に勝りて此の一匹を喜ばん。 14 かくのごとく此の小き者の一人の亡ぶるは、天にいます汝らの父の御意にあらず。 15 もし汝の兄弟罪を犯さば、往きてただ彼とのみ相對して諫めよ。もし聽かば其の兄弟を得たるなり。 16 もし聽かずば、一人・二人を伴ひ往け、これ二三の證人の口に由りて、凡ての事の慥められん爲なり。 17 もし彼等にも聽かずば、教會に告げよ。もし教會にも聽かずば、之を異邦人または取税人のごとき者とすべし。 18 まことに汝らに告ぐ、すべて汝らが地にて縛ぐ所は天にても縛ぎ、地にて解く所は天にても解くなり。 19 また誠に汝らに告ぐ、もし汝等のうち二人、何にても求むる事につき地にて心を一つにせば、天にいます我が父は之を成し給ふべし。 20 二三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり。 21 ここにペテロ御許に來りて言ふ『主よ、わが兄弟われに對して罪を犯さば幾たび赦すべきか、七度までか』 22 イエス言ひたまふ『否、われ「七度まで」とは言はず「七度を七十倍するまで」と言ふなり。 23 この故に、天國はその家來どもと計算をなさんとする王のごとし。 24 計算を始めしとき、一萬タラントの負債ある家來つれ來られしが、 25 償ひ方なかりしかば、其の主人、この者とその妻子と凡ての所有とを賣りて償ふことを命じたるに、 26 その家來ひれ伏し拜して言ふ「寛くし給へ、さらば悉とく償はん」 27 その家來の主人あはれみて之を解き、その負債を免したり。 28 然るに其の家來いでて、己より百デナリを負ひたる一人の同僚にあひ、之をとらへ、喉を締めて言ふ「負債を償へ」 29 その同僚ひれ伏し、願ひて「寛くし給へ、さらば償はん」と言へど、 30 肯はずして往き、その負債を償ふまで之を獄に入れたり。 31 同僚ども有りし事を見て甚く悲しみ、往きて有りし凡ての事をその主人に告ぐ。 32 ここに主人かれを呼び出して言ふ「惡しき家來よ、なんぢ願ひしによりて、かの負債をことごとく免せり。 33 わが汝を憫みしごとく、汝もまた同僚を憫むべきにあらずや」 34 斯くその主人、怒りて、負債をことごとく償ふまで彼を獄卒に付せり。 35 もし汝等おのおの心より兄弟を赦さずば、我が天の父も亦なんぢらに斯のごとく爲し給ふべし』19 1 イエスこれらの言を語り終へて、ガリラヤを去り、ヨルダンの彼方なるユダヤの地方に來り給ひしに、 2 大なる群衆したがひたれば、此處にて彼らを醫し給へり。 3 パリサイ人ら來り、イエスを試みて言ふ『何の故にかかはらず、人その妻を出すは可きか』 4 答へて言ひたまふ『人を造り給ひしもの、元始より之を男と女とに造り、而して、 5 「かかる故に人は父母を離れ、その妻に合ひて、二人のもの一體となるべし」と言ひ給ひしを未だ讀まぬか。 6 されば、はや二人にはあらず、一體なり。この故に神の合せ給ひし者は、人これを離すべからず』 7 彼らイエスに言ふ『さらば何故モーセは離縁状を與へて出すことを命じたるか』 8 彼らに言ひ給ふ『モーセは汝の心つれなきによりて妻を出すことを許したり。されど元始より然にはあらぬなり。 9 われ汝らに告ぐ、おほよそ淫行の故ならで其の妻をいだし他に娶る者は、姦淫を行ふなり』 10 弟子たちイエスに言ふ『人もし妻のことに於てかくのごとくば、娶らざるに如かず』 11 彼らに言ひたまふ『凡ての人この言を受け容るるにはあらず、ただ授けられたる者のみなり。 12 それ生れながらの閹人あり、人に爲られたる閹人あり、また天國のために自らなりたる閹人あり、之を受け容れうる者は受け容るべし』 13 ここに人々イエスの手をおきて祈り給はんことを望みて、幼兒らを連れ來りしに、弟子たち禁めたれば、 14 イエス言ひたまふ『幼兒らを許せ、我に來るを止むな、天國はかくのごとき者の國なり』 15 かくて手を彼らの上におきて此處を去り給へり。 16 視よ、或人みもとに來りて言ふ『師よ、われ永遠の生命をうる爲には、如何なる善き事を爲すべきか』 17 イエス言ひたまふ『善き事につきて何ぞ我に問ふか、善き者は唯ひとりのみ。汝もし生命に入らんと思はば誡命を守れ』 18 彼いふ『孰を』イエス言ひたまふ『「殺すなかれ」「姦淫するなかれ」「盜むなかれ」「僞證を立つる勿れ」 19 「父と母とを敬へ」また「己のごとく汝の隣を愛すべし」』 20 その若者いふ『我みな之を守れり、なほ何を缺くか』 21 イエス言ひたまふ『なんぢ若し全からんと思はば、往きて汝の所有を賣りて貧しき者に施せ、さらば財寶を天に得ん。かつ來りて我に從へ』 22 この言をききて、若者悲しみつつ去りぬ。大なる資産を有てる故なり。 23 イエス弟子たちに言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、富める者の天國に入るは難し。 24 復なんぢらに告ぐ、富める者の神の國に入るよりは、駱駝の針の孔を通るかた反つて易し』 25 弟子たち之をきき、甚だしく驚きて言ふ『さらば誰か救はるることを得ん』 26 イエス彼らに目を注めて言ひ給ふ『これは人に能はねど、神は凡ての事をなし得るなり』 27 ここにペテロ答へて言ふ『視よ、われら一切をすてて汝に從へり、されば何を得べきか』 28 イエス彼らに言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、世あらたまりて人の子その榮光の座位に坐するとき、我に從へる汝等もまた十二の座位に坐して、イスラエルの十二の族を審かん。 29 また凡そ我が名のために、或は家、あるひは兄弟、あるひは姉妹、あるひは父、あるひは母、あるひは子、あるひは田畑を棄つる者は、數倍を受け、また永遠の生命を嗣がん。 30 されど多くの先なる者後に、後なる者先になるべし。20 1 天國は勞動人を葡萄園に雇ふために、朝早く出でたる主人のごとし。 2 一日一デナリの約束をなして、勞動人どもを葡萄園に遣す。 3 また九時ごろ出でて市場に空しく立つ者どもを見て、 4 「なんぢらも葡萄園に往け、相當のものを與へん」といへば、彼らも往く。 5 十二時頃と三時頃とに復いでて前のごとくす。 6 五時頃また出でしに、なほ立つ者どものあるを見ていふ「何ゆゑ終日ここに空しく立つか」 7 かれら言ふ「たれも我らを雇はぬ故なり」主人いふ「なんぢらも葡萄園に往け」 8 夕になりて葡萄園の主人その家司に言ふ「勞動人を呼びて、後の者より始め、先の者にまで賃銀をはらへ」 9 かくて五時ごろに雇はれしもの來りて、おのおの一デナリを受く。 10 先の者きたりて、多く受くるならんと思ひしに、之も亦おのおの一デナリを受く。 11 受けしとき、家主にむかひ呟きて言ふ、 12 「この後の者どもは僅に一時間はたらきたるに、汝は一日の勞と暑さとを忍びたる我らと均しく之を遇へり」 13 主人こたへて其の一人に言ふ「友よ、我なんぢに不正をなさず、汝は我と一デナリの約束をせしにあらずや。 14 己が物を取りて往け、この後の者に汝とひとしく與ふるは、我が意なり。 15 わが物を我が意のままにするは可からずや、我よきが故に汝の目あしきか」 16 かくのごとく後なる者は先に、先なる者は後になるべし』 17 イエス、エルサレムに上らんとし給ふとき、竊に十二弟子を近づけて、途すがら言ひ給ふ、 18 『視よ、我らエルサレムに上る、人の子は祭司長・學者らに付されん。彼ら之を死に定め、 19 また嘲弄し、鞭うち、十字架につけん爲に異邦人に付さん、かくて彼は三日めに甦へるべし』 20 ここにゼベダイの子らの母、その子らと共に御許にきたり、拜して何事か求めんとしたるに、 21 イエス彼に言ひたまふ『何を望むか』かれ言ふ『この我が二人の子が汝の御國にて、一人は汝の右に、一人は左に坐せんことを命じ給へ』 22 イエス答へて言ひ給ふ『なんぢらは求むる所を知らず、我が飮まんとする酒杯を飮み得るか』かれら言ふ『得るなり』 23 イエス言ひたまふ『實に汝らは我が酒杯を飮むべし、されど我が右左に坐することは、これ我の與ふべきものならず、我が父より備へられたる人こそ與へらるるなれ』 24 十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる。 25 イエス彼らを呼びて言ひたまふ『異邦人の君のその民を宰どり、大なる者の民の上に權を執ることは、汝らの知る所なり。 26 汝らの中にては然らず、汝らの中に大ならんと思ふ者は、汝らの役者となり、 27 首たらんと思ふ者は汝らの僕となるべし。 28 かくのごとく、人の子の來れるも事へらるる爲にあらず、反つて事ふることをなし、又おほくの人の贖償として己が生命を與へん爲なり』 29 彼らエリコを出づるとき、大なる群衆イエスに從へり。 30 視よ、二人の盲人、路の傍らに坐しをりしが、イエスの過ぎ給ふことを聞き、叫びて言ふ『主よ、ダビデの子よ、我らを憫みたまへ』 31 群衆かれらを禁めて默さしめんとしたれど、愈々叫びて言ふ『主よ、ダビデの子よ、我らを憫み給へ』 32 イエス立ちどまり、彼らを呼びて言ひ給ふ『わが汝らに何を爲さんことを望むか』 33 彼ら言ふ『主よ、目の開かれんことなり』 34 イエスいたく憫みて彼らの目に觸り給へば、直ちに物見ることを得て、イエスに從へり。21 1 彼らエルサレムに近づき、オリブ山の邊なるベテパゲに到りし時、イエス二人の弟子を遣さんとして言ひ給ふ、 2 『向の村にゆけ、やがて繋ぎたる驢馬のその子とともに在るを見ん、解きて我に牽ききたれ。 3 誰かもし汝らに何とか言はば「主の用なり」と言へ、さらば直ちに之を遣さん』 4 此の事の起りしは、預言者によりて云はれたる言の成就せん爲なり。曰く、 5 『シオンの娘に告げよ、「視よ、汝の王、なんぢに來り給ふ。柔和にして驢馬に乘り、軛を負ふ驢馬の子に乘りて」』 6 弟子たち往きて、イエスの命じ給へる如くして、 7 驢馬とその子とを牽ききたり、己が衣をその上におきたれば、イエス之に乘りたまふ。 8 群衆の多くはその衣を途にしき、或者は樹の枝を伐りて途に敷く。 9 かつ前にゆき後にしたがふ群衆よばはりて言ふ『ダビデの子にホサナ、讃むべきかな、主の御名によりて來る者。いと高き處にてホサナ』 10 遂にエルサレムに入り給へば、都擧りて騷立ちて言ふ『これは誰なるぞ』 11 群衆いふ『これガリラヤのナザレより出でたる預言者イエスなり』 12 イエス宮に入り、その内なる凡ての賣買する者を逐ひいだし、兩替する者の臺、鴿を賣る者の腰掛を倒して言ひ給ふ、 13 『「わが家は祈の家と稱へらるべし」と録されたるに、汝らは之を強盜の巣となす』 14 宮にて盲人・跛者ども御許に來りたれば、之を醫したまへり。 15 祭司長・學者らイエスの爲し給へる不思議なる業と、宮にて呼はり『ダビデの子にホサナ』と言ひをる子等とを見、憤ほりて、 16 イエスに言ふ『なんぢ彼らの言ふところを聞くか』イエス言ひ給ふ『然り「嬰兒乳兒の口に讃美を備へ給へり」とあるを未だ讀まぬか』 17 遂に彼らを離れ、都を出でてベタニヤにゆき、そこに宿り給ふ。 18 朝早く都にかへる時、イエス飢ゑたまふ。 19 路の傍なる一もとの無花果の樹を見て、その下に到り給ひしに、葉のほかに何をも見出さず、之に對ひて『今より後いつまでも果を結ばざれ』と言ひ給へば、無花果の樹たちどころに枯れたり。 20 弟子たち之を見、怪しみて言ふ『無花果の樹の斯く立刻に枯れたるは何ぞや』 21 イエス答へて言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、もし汝ら信仰ありて疑はずば、啻に此の無花果の樹にありし如きことを爲し得るのみならず、此の山に「移りて海に入れ」と言ふとも亦成るべし。 22 かつ祈のとき何にても信じて求めば、ことごとく得べし』 23 宮に到りて教へ給ふとき、祭司長・民の長老ら御許に來りて言ふ『何の權威をもて此等の事をなすか、誰がこの權威を授けしか』 24 イエス答へて言ひたまふ『我も一言なんぢらに問はん、もし夫を告げなば、我もまた何の權威をもて此等のことを爲すかを告げん。 25 ヨハネのバプテスマは何處よりぞ、天よりか、人よりか』かれら互に論じて言ふ『もし天よりと言はば「何故かれを信ぜざりし」と言はん。 26 もし人よりと言はんか、人みなヨハネを預言者と認むれば、我らは群衆を恐る』 27 遂に答えて『知らず』と言へり。イエスもまた言ひたまふ『我も何の權威をもて此等のことを爲すか汝らに告げじ。 28 なんぢら如何に思ふか、或人ふたりの子ありしが、その兄にゆきて言ふ「子よ、今日、葡萄園に往きて働け」 29 答へて「主よ、我ゆかん」と言ひて終に往かず。 30 また弟にゆきて同じやうに言ひしに、答へて「往かじ」と言ひたれど、後くいて往きたり。 31 この二人のうち孰か父の意を爲しし』彼らいふ『後の者なり』イエス言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、取税人と遊女とは汝らに先だちて神の國に入るなり。 32 それヨハネ義の道をもて來りしに、汝らは彼を信ぜず、取税人と遊女とは信じたり。然るに汝らは之を見し後も、なほ悔改めずして信ぜざりき。 33 また一つの譬を聽け、ある家主、葡萄園をつくりて籬をめぐらし、中に酒槽を掘り、櫓を建て、農夫どもに貸して遠く旅立せり。 34 果期ちかづきたれば、その果を受取らんとて僕らを農夫どもの許に遣ししに、 35 農夫どもその僕らを執へて、一人を打ちたたき、一人をころし、一人を石にて撃てり。 36 復ほかの僕らを前よりも多く遣ししに、之をも同じやうに遇へり。 37 「わが子は敬ふならん」と言ひて、遂にその子を遣ししに、 38 農夫ども此の子を見て互に言ふ「これは世嗣なり、いざ殺して、その嗣業を取らん」 39 かくて之をとらへ、葡萄園の外に逐ひ出して殺せり。 40 さらば葡萄園の主人きたる時、この農夫どもに何を爲さんか』 41 かれら言ふ『その惡人どもを飽くまで滅し、果期におよびて果を納むる他の農夫どもに葡萄園を貸し與ふべし』 42 イエス言ひたまふ『聖書に、「造家者らの棄てたる石は、これぞ隅の首石となれる、これ主によりて成れるにて、我らの目には奇しきなり」とあるを汝ら未だ讀まぬか。 43 この故に汝らに告ぐ、汝らは神の國をとられ、其の果を結ぶ國人は、之を與へらるべし。 44 この石の上に倒るる者はくだけ、又この石、人のうへに倒るれば、其の人を微塵とせん』 45 祭司長・パリサイ人ら、イエスの譬をきき、己らを指して語り給へるを悟り、 46 イエスを執へんと思へど群衆を恐れたり、群衆かれを預言者とするに因る。